うつろな瞳は何をか語る



紳士による暴露記事により わたくしの生活無能ぶりが明らかになりましたところで、

皆様のお話の種のひとつになりますれば、 アコレ せめてものお慰み・・・



夢野久作風に申せば わたくしはアンポンタン・ポカン婦人か、、缶きりひとつ上手く扱えない

そんなところが、夢の中に生きている・・・と紳士にいわれたる所以か否か、、

ゆへに 美しくも妖しのものに人一倍惹かれるのでせふか



缶きり事件のことなどケロリと忘れ 小雨の中浮き足立ち、初日から馳せ参じて参りました


~ 米倉 斉加年   憂気世絵 遺作展 ~
平成26年9/30(火)~10/6(月) 最終日は午後五時閉場
福岡三越9階 岩田屋三越美術画廊 にて

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福岡の出で劇団民藝出身、俳優のみならず絵本作家としても著名であった米倉氏、

先だっての突然の訃報には驚かれた方も多かったのではないでせふか


『男はつらいよ』シリーズでもお馴染み、わたくし好みの泣き笑い顔が味な名脇役のおひとり

中等学校の国語教科書にて目にした『おとなになれなかった弟たちに・・・』の文と挿絵が、

米倉氏特有の うつろな瞳を通した世界観との初対面で御座いましたか、、


かの悪名名声高き夢野久作作品の挿絵を手がけたのは、同郷のよしみだけではありますまい



(美しいだけのものなぞありはしない、、
艶やかで目をひく虫や植物こそ 毒を秘めているやふに・・・)



ギャラリー隣の人気催事:「大北海道物産展」の喧騒とはうらはらに、

こじんまりとした遺作展ながら 一筆一筆のタッチが氏の持つ宇宙の深さを伝えるやふでありました






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おじいちゃんのシャツ


ヨーロッパの古いシャツを見ていて何か気付きませんか、、、

特に1930年代以前のもの、、、そう、やたらと丈が長いです

今回はシャツについて

古い映画などで時折見かける、ワンピースのように長いシャツを着ているおじいちゃん

当時女性が就寝用に着るナイティーと呼ばれる主にリネン素材のワンピース、所謂パジャマです

女性用は胸元にレース等を施した女性らしいデザインが多く

男性用はプルオーバーのスタンドカラータイプ、稀にウィングカラータイプと小洒落たデザインもあります

そう、実はこのパジャマこそが今で言う所謂ワイシャツ(ホワイトシャツ)の起源なのです

メンズアンダーウェアであるトランクスの登場は1910年代(当初はボクサーパンツのようなひも付きのデザイン)

ブリーフの登場は1930年代、、、意外とブリーフ、トランクスの歴史は浅いものであります

それまではどうしていたかというと、シャツの裾で股を覆っとったごたるですけんね

そのため両脇はラウンド状に短く、前後が長いというデザインになったごたるですけんね

時代が新しくなるにつれ、丈も徐々に短くなり、今に至ったごたるですけんね

巷では、プルオーバーの長めの丈のシャツをグランパシャツ(おじいちゃんのシャツ)と言うごたるですけんね

紳士たる者シャツはズボンにINするのは当たり前

因みにわたくしボクサーブリーフ派とです

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次回催しのお誘いもご覧くださいませ…

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帽子は世につれ人につれ



しとしとと静かな春雨の一日、、、  雨の日にはビリイ・ホリデイがよく合ひます



さて、暫く真珠夜會の告知などに追われまして 所謂本来の『戯れ言』からは遠ざかって居りました

夜更けに雨が突如ぼた雪に変わったり はたまた上着の要らない日があったりと 例年ながら寒暖差ある今時期、

風邪をひかずに春の装ひを愉しむのに 先ずはストッキングやスカアフの色を明るく換えるのも一手でせふし、

人に拠っては頬紅やら口紅やらお化粧から春の気配を取り入れます、といふお方もおられることでせふ

いずれも大変結構なことかと存じますが さらにドラマティックに春の到来を装ひたいといふ貴女に、、、

真珠では ストロウやらサテンやら綿やらのお帽子を各種取り揃えてお待ち致しております

アラ、どんなものがあるのかしらん・・・  こちらは次回詳細をお伝えすることにしまして、

今宵は しゃぽー・あ・ら・もおど、つまり お帽子の流行変遷を簡単に見て参ることと致しませふ



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所謂「鹿鳴館」時代に代表される 雄鶏如き尻高バッスルスタイルで装飾性の高いドレスが中心の1800年代後半、

お帽子は顔を覆ふやふな慎み深く女性らしい 小さめのボンネット型を被るのが主流でありました

1900~10年代、ジャポニズムに影響を受けたポール・ポワレなどによる画期的な筒状着物風ドレスが流行すると、

一転してお帽子はとてつもなく大きくなり、羽やら花やら意匠の凝ったものが持て囃されます



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1920年代に近づき女性の社会進出や都市化が進むと 革新的な若き乙女達はこぞって長髪を活動的なボブに断髪、

我が国ではその形状からおかま帽、と呼ばれた釣鐘型のクローシュが一大旋風を巻き起こしました

当時のモガ達の文献には、断髪して剃り上げた襟足や耳元に 涼しさと共に大いなる開放感を感じた、とあります

20年代後半にはクローシュが進化したつばのないヘルメット型にアールデコの直線的な意匠が施されたものや

エジプト発掘隆盛による異国趣味のターバン風意匠の物も登場し、耳下までの短髪を賑やかに彩りました



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二つの大戦間の束の間の平安を謳歌すべく、1930年代前半には曲線美の柔らかいラインのドレスが回帰すると

お帽子のつばも大きく線もうねり、レエスやらお花やら女性的でロマンティックなモティーフで彩られました

後ろのつばのないブルトン型の黄色い麦わら帽を被る見目麗しいこの少女の可憐なことといったら!

また、頭を包むこじんまりとしたお帽子に流れるやふなシフォンのロングドレスを合わせる様式も流行します



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細かめで耳下までの巻髪も 40年代に近づくにつれ徐々に長くなり、肩の線にまで復活して参ります

また、ダリなどシュールレアリズムの影響受けたスキャパレリなどによる奇想天外なお帽子が生まれたのもこの頃



徐々に戦火が忍び寄って参りますと、我が国で言へば「銃後の守り」、女性も軍需工場等で働くことを余儀なくされ

軍服に近い肩の張った男性的なラインに生地を最小限に使用するタイトスカアト、といふ出で立ちになります

特に本土がほぼ戦火から免れた亜米利加では、統制の厳しい中、どうにか華やかさを…と、

SEARSやらのストア・デパアトメーカアが 一風変わった面白い帽子を世の女性に量産し数多く送り出しました



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戦争終結後、生地の制限から開放されると ディオールはじめ女性特有の丸い線を誇張したニュウ・ルックが開花

お帽子もパンケイキと呼ばれる平たいものやら 所謂ヘッドドレスと呼ばれる頭半分を包む装飾性の高いもの、

特に戦勝国でダメエジの少なかった亜米利加では 果物やらネットやら花やら愉しさがてんこ盛りの、

ユニイクかつ華やかなお帽子が自信にみなぎった女性たちの頭を華やかに彩りました



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保守的であった50年代前半までは、お帽子は何処に出向くにしろ エチケットとして欠かせないものでありました

50年代後半から、10代が文化の中心を担うやふになり半保守的嗜好が強まるにつれ お帽子の人気は衰えます

1960年代初め、ケネディ夫人のジャクリイヌ女史がピルボックス型など様々なお帽子を被り注目を集めますが、

以降は一転、男女差の開放に衣服の多様化も進むにつれ 急速に礼装の役割としてのお帽子は衰退していきました

1960~70年代にかけ ツイギーのブロマイドにあるやふに30年代様式の復活がみられますがその装飾性は薄れ、

お帽子はもはや誰しも必ず被るべきものではなく、お洒落の選択肢の一つとして自由に選ぶものとなったのです・・・



と ここまでざっと振り返って参りますと 一つの規則性が感じられることにお気付きでせふか、、、

さふ、お洋服の線が簡素になると一転 お帽子は装飾性を増し、またその逆も然り、、、

無論、50年代のやふに例外的にどちらも華やかである例外的な時代は御座いますが、

穏やかなる時代も苦悩の時代も 宝飾品のみならずお帽子は女性の映し鏡のやふに共に移ろって参ったのですね

そこには、政治情勢やら経済状況やらに負けじとあがなう 女の慎ましき「情念」がわたくしには感じられるのです



近年、結婚式やら謝恩会やらで 色とりどりのお帽子にて礼装なさるお嬢さん方を見ることも多くなりました

お帽子はご自分を日常から非日常へと誘ってくれることをよくご存知なのでありませふ、、素敵なことですね

お好きなお洋服のすたゐるから、お顔の形状から、貴女のお顔に似合ふ「額縁」を見つけ 

ご自分をさらに魅力的に彩ってみてはいかかでせふか、、、 



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じゃぽにずむ



先々週、三越の小さなギャラリイにて「ガレ・ドーム展」を拝見して参りました真珠家二人、、、

アールデコの直線的かつモダンな趣向も素敵だけれど、アールヌーボーの自然主義的曲線美にも触れまして

容易に手に入るものではあらずとも、良いものはもっと見なくてはいけないと感ずると同時に

改めて… 己の好むところを知る境地に到りました、、、

嗚呼 さふか・・・どちらの美術様式の根底にも相通ずる 「ジャポニズム」に心惹かれるのだナアと


そこで今宵は、この「ジャポニズム」といふ切り口から覗く魅惑の国、世界の憧れ:ジャポンへと いざ出航…


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1858年開国以来、ペリー公でお馴染みの黒船来航により 日本には西洋からの商船がわんさと押し寄せて参ります

当時発達しつつあった写真・印刷技術により、「横浜写真」はじめ日本の様子が広く知られるやふになるや否や、

仏蘭西を中心とした欧州においては 鎖国による独自の発達を見せた日本美術に高い関心が寄せられ、

Japonism(ジャポニズム:日本趣味、日本心酔のこと)と呼ばれまして 趣味人達にたいさふ持て囃されました

兎に角、日本風味を盛り込んでしまえ…といった初期のジャポニズム葉書もまたご愛嬌、でせふ


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とはいへジャポニスムは単なる一時の東洋趣味的流行ではなく、往時の全先進国で30年以上も続いた運動であり、

欧米ではルネサンスに匹敵する、西洋近代的な美意識の大きな変革運動の一つの段階として捉えられるとのこと

特に19世紀中頃の万国博覧会(国際博覧会)へ出品などをきっかけに、団扇や扇子、着物や陶磁器にとどまらず

日本美術(浮世絵、琳派、工芸品、版画など)が注目され、多くの文化人や芸術家に多大なる影響を与へました

かのモネ描く「ラ・ジャポネーズ」も、かやふな着物柄や団扇の飾り方 さふさふ有りませんよと喉元まで出れど

ええじゃないか、ええじゃないか… 過渡期ならではの面白みも感じるではございませぬか、皆の衆 


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ジャポニズムの流行った当時、欧米の芸術家は日本美術の不規則性と非対称性に大変関心を寄せました

また 浮世絵はじめ西洋の絵画とは異なる遠近法が用いられており、中心が中央から外れて構成されていること、

写実的陰影法も無く 鮮やかな色彩による平面構成、斬新な構図に自然主義的な趣向…

いずれも当世の広告等では当たり前に見られる手法でありますが、画期的なことであったさふでありまして

これらの要素は19世紀までの画家にとって前提であったローマン・グレコ様式(Roman-Greco art)のまさに対極、

西洋画家達が近代的表現技法に行き詰まりを感じる中、伝統の束縛から解き放ったのが我が日本美術でありました
『ヨーロッパの文様事典』他参照

確かに、以前拝見した北斎や広重の浮世絵も 当世からしても色使いや構図の斬新さは眼から鱗、でしたもの…




では、先ずはアールヌーボー期の代表的な工芸品に於ける 「ジャポニズム」を堪能致しませふ・・・

これらは日本の職人の手によるものではありませんで、ルネ・ラリックはじめ名立たる欧州の名工たちによる逸品

孔雀や蝙蝠に松など、純和風の趣向から強く影響を受けて作られているのが日本人から見ても一目瞭然であります


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続くアールデコ期には「ジャポニズム」を西洋流に独自解釈し 益々洗練されてきつつあるやふに感じられます

主に富裕層の為の芸術品であったアールヌーボー様式から、一般大衆が初めて参加できた芸術様式のアールデコへ

移行しますと、明瞭な色彩の対比に簡略化された趣向が斬新で都会的であると 広く受け入れられていきました

世紀末より爆発的人気を得たKIMONOガウンも、お洒落な室内着として女性に支持を得 着物袖は以後定着します


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面白いもので、大正初期にはアールヌーボー様式、昭和初期にはアールデコ様式が逆輸入され

「異国」といふフィルタアを通した「ジャポニズム」が我が国を席巻、影響を与えました・・・

喜劇やジャズ、バアレスクを異国から導入した前回の記事でも触れましたやふに、

他国文化や技術を取込む巧みさは我が国の専売特許でありますが、そこから如何に独自性を持たせるかが要であり

その点においても 我が国の柔軟さや技術に裏打ちされた匠の腕の確かさ…異国からしても神秘の国でありませふ




仏蘭西に住む妹が「アナタハSHINOBIデスカ?」と尋ねられたといふ笑い話はさておき、、、

時を経 今や「ミシマ」文学や「禅」文化については本国を凌ぎ 欧州の学生の方が詳しい時代である一方、

コスプレやアニメといった新しき魅力のジャポニズムのうねりが世界の津々浦々まで到達しつつあるのも希望哉



当世の日本は第二の開国、と言われ TPP問題なるものにより日々激震が走っております

十人十色 様々な考え方があることでせふが、急いては事を仕損じる との諺もありますやふに、

我が国の独自性とは、今後残すべき守るべき物、その必要無き物とは一体何ぞや… 

黒船の恐怖に慄くのみならず先人達が残してくれた立派な遺産を元に 見直してみるのも必要ではありますまいか

 
嘗ては世界が羨む国であったこと、その誇りを持って堂々と議論を重ねて頂けることを望むわたくしでありました 



自国の文化を疎かにして繁栄を見せた国家は過去に例を見ませんし 未来に於いても勿論言わずもがなでせふ

日本の財産ともいえる美術品のみならず技術者までが続々と海外に流失しているなど、哀しいではありませんか


まさに「黒船危機一髪」の今だからこそ、技術では何処にも負けない日本の匠の力に国家戦略として予算を投じ、

島国ゆへ、稀有な発達を見せた我が国の伝統産業の数々を若き人が自然と受け継いでいけるやふ、

伝統を残しつつ当世に即した革新的な趣向やアニメ等新興文化にも職人さんらが伸び伸びと挑戦出来うるやふ、

世界といふ大海原に力強く漕ぎ出でていけるやふ、、そんな文化大国に再生する又とない機会のやふにも感じます 



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嗚呼、ナンセンス!



前回、戦前の浅草界隈の賑やかさに少々触れましたところ、ひょんなことからかやふな映画を知りまして

その名は『ムウランルージュの青春』、、新宿にあった今はなき劇場を巡るドキュメンタリイであります

丁度、古本市にて手に入れた本にもその頃の記事が御座いましたので 今宵はレビュウ式喜劇について一考…







時は昭和四年(1929年)、満州事変直前 まさに軍部が軍需拡大へと躍起になっている影で・・・

明治以降進められた近代化、洋風化が爛熟期を迎え 人々は異国からの新しい刺激に束の間の夢を見ておりました


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この年に幕を開けたのがエノケン躍動する浅草:カジノフォーリー、

のち昭和六年(1931年)には 森繁久弥翁等を輩出した新宿:ムウランルージュ新宿座が誕生・・・

ジャズやボードビル、亜米利加喜劇映画式ドタバタナンセンスギャグを取り入れたバタ臭い喜劇、

スピードとウィットに富み、前衛的な舞台装置の上で繰り広げられる少々お色気ありの斬新な演劇すたゐるは

のちに「軽演劇」と呼ばれ 今日の我が国のコメディの礎とも言われるやふであります


またそれより少し遅れること数年、SSKのターキーこと水之江滝子女史が全国に一大ブウムを巻き起こしますが…

こちらは今をときめくAKBなんとやらのはしりでは御座いませんで 「松竹少女歌劇団」のことであります

「男装の麗人」と呼び声高いこのターキー、余談ながらロス疑惑の三浦和義被告の叔母であるのも有名ですネ



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さて、レビュウ式喜劇にお話を戻しまして・・・

「金曜日には踊り子がズロースを落とす」なる悩ましき噂も実は全くのデマでありましたやふで、

ブラジャアなきこの時代 踊り子が胸に巻いたサラシが踊る最中緩んで落ちさふになり、

慌てて前かがみのまま舞台袖に走り去ったのを見た観客により誇張されたといふのが真実ださふな



当時の演劇界は当世に比べ 政治風刺や社会批判の意味合いも強かったやふでありまして、

喜劇人の多くも自らを「インチキ・レビュウ」と蔑みながらも思い切りやりたい放題できた初期に比べ、

戦時色が強まると 世相を茶化したり検閲台本にない台詞をアドリブで喋ったりしたものなら

不謹慎との理由で弾圧され、終戦と共に息を吹き返すも束の間 新興ストリップの波にのまれて衰退、、、と

僅か二十年余りの活動ではありましたが 彼ら彼女らの輝かしき軌跡は捨て置けない、とわたくしは思うのです


なんだかんだ言ったって欧米の物真似に過ぎないぢゃないかとお考えになる方も中にはいらっしゃることでせふ

確かに、欧米での流行を電脳もない当時 時差なく取り込み本国で提供していたのは事実であります

しかし、荒削りながらもそこに風刺の精神と日本人の気概を織り込み 危険を承知で笑いと共に民衆に届けた…

往時の演劇人や喜劇人の秘めた心意気は並々ならぬものがあったことを感じずには居られません





本国での流行を経て直ぐに録音された、エノケンのこの「浮かれ音楽」をお聴きになりますれば、

世界恐慌により失業者が町に溢れ、「大学は出たけれど…」が流行語になる程苦境にあえいだこの時代、

「お金は回るよ…借金は誰もない、皆金持ち」、、、この痛快痛烈なる皮肉こそまさにナンセンス!

当局がいくら取り締まらふが、音楽や文化は国境を越えるのだ… さふも聴こえるやふ




少々小難しいお話になり、毎度ながら失礼致しました、、、

さて、この原曲である「The Music goes round and round」でありますが

往時の大和撫子も憧れのベティブウプ嬢によるお茶目なバアレスク版にて 今宵は陽気に幕を降ろすとしませふ…





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福岡に御座います、フランス中心の
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Pearlのマダム&ムシュウによる
日々の戯れ言を綴った日記です

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