潮騒



夏も近づく 八十八夜・・・ 入梅の頃、皆様如何お過ごしでせふか

 
山に囲まれし美濃の国に育った因果か否か、突然では有りますがわたくし 所謂マリンルックを愛好しております

本日は、同じく愛好家の方にも さふでない方にも… 「水兵服」について ちょひと小噺をひとつ、、、




時は1846年、ウィンターハルター描く英国王子、のちのエドワード7世の「セイラー服を着るアルバート王子」

本作が発表されるやいなや、俗世の人々はその愛らしさに釘付けとなり、本来は水兵服であったセイラー服は

その後19世紀から20世紀にかけ 男児女児共に子供服として広く流行したので御座います


TKY200709270386 - コピー


余談ですが18世紀迄は子供は大人のミニチュアと考えられ、衣服も大人のそれを縮小したものにすぎませんでした
ルソーの思想の影響から「子供の為の服」が考案されるやふになった後も、第一次大戦までは
男女児ともに3、4歳までは女児の服装をするのが欧米はじめ我が国でも一般的であったとは驚かされますネ





1900年代初頭には、鉄道や自動車の発達により上流階級の特権であった旅行やスポーツが一般市民にも開放され、

夏場は横縞柄や色とりどりの海水着を手に人々は避暑に繰り出したのでありました

おそらく、当世でいふマリンルックに海軍関係者以外の一般人が親しんだのはこの海水着が初めてでありませふ

…もっとも、古きキネマでも皆様お馴染みか、当初の海水着はニットで出来ているものも多く、

水中で着用すると海水を吸収した重みによりニットは伸び 文字通り「水着」になる代物も多かったさふな


時代を経 余暇を愉しむ習慣が一般化した1920年代以降 海辺散策の際の御洒落であるビイチウエアも発展をみせ

徐々にマリンルックは海辺だけでなく 街着としても市民権を得ることに相成りました

日本国におきましては大正期になり女子生徒の制服としてセイラー服が採用されまして今日に至ります


本来の水兵服、、、かつてその大きな襟は海上で立てることにより、遠くの音を拾ふ役目をしていたとかないとか

またラッパ状に拡がるパンツラインは 万が一海中落下の際、引っかけて救出しやすいやふにだとかないとか

…ここらで軍物に関する薀蓄はマニアの方にお任せすると致しまして、

陸海空とある中でも 軍だけに群を抜いて、機能性兼ね備えたデザイン性が突出しているやふに思われる海軍服

これは戦地で戦う水兵さん達だけのものにするのは惜しいと思ったのは古の人々もまた同じ、であったのでせふ


現実の世では水兵さん始め全ての軍隊が日々暇で仕方ない 春の海如き穏やかなる世界が来る日を祈りつつ、、、

今日もセイラー襟にリボンをはためかせ 潮騒に思い馳せつつ風切るわたくしで御座いました… ベベンベン





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Comments

マリンルック

ごきげんよう。セイラー服のことは亡き父からききおよんでおりました。わたくしの叔父も上海で海軍に勤務していたせうです。それにつけても「セイラー服を着るアルバート王子」の、なんとかわいらしいこと。わたくしも欧米人の子を産んでみたくなりますわ。八十八夜ともうしますと、旧暦では、二月四日を正月として、一ヶ月を二十八日で計算、一、二、三が春、四、五、六が夏、
七、八、九が秋、十、十一、十二が冬、足りない分を四年に一度、閏年として、十三ヶ月の年があったせうです。この方が日本には合っているようにおもいますの。
パール紳士様のマリンルック、きっと、粋に着こなしておいでなのでせうね。

Re: マリンルック

夏はやはりマリンルック…
セーラーはなかなか着る機会がなく、イベントで着るくらいです。
マリンルックといえばなんといっても若かりし頃のジュリーですね。
  • 2011.06.13 11:41/
  • パール紳士 URL/
  • 編集

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福岡に御座います、フランス中心の
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