ベレヱに纏わるえとせとら



先立って、お帽子の話をさせて頂きましたが 今宵はその中でもベレヱに帽に纏わる小噺をひとつ・・・



皆様、ベレヱと申しますと 如何様なものを連想なさいますでせふか、、、

手塚治虫翁や藤子不二雄翁、懐かし処ではドリフターズの聖歌隊や幼稚園生の制帽を浮かべる方もおられませふ

はたまた、『俺たちに明日はない(米・1967)』のフェイ・ダナウェイ嬢演ずるボニーのベレヱ姿も強烈であります

殿方の中には、革命に燃ゆるチェ・ゲバラの強い眼差しと共にベレヱが浮かぶ方もあるかもしれませぬ



そもそもベレヱとはウールフェルト(当初はウール)製の、軟らかく丸くて平らな、縁のない帽子でして、

元々はスペインのバスク地方で民族衣装の一部として使われていたものでありましたのが、

第二次世界大戦頃から世界各国の軍隊に普及し始めた模様・・・

軍隊では一部の国を除き、向かって右側(着用者本人から見て左側)を立てる場合が多いさふであります


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一方、民間におきましてもまた別の発達を見せ、下のオーギュスト・ロダン翁やパブロ・ピカソ翁をはじめ、

個性溢れる芸術家の間にも浸透したことから、ベレヱに滑稽さや風変わりな印象が加わったと思われます


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大きく豪奢であった女性の帽子も、1920年代女性の社会進出に伴い、クロシェのやふに小さき物が持て囃されます

1930年代前半にはやや女性らしさが回帰したこともあり、下のやふに深く後ろ倒しにべレヱ被る女性が出現


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戦時色が色濃くなる1930年代後半から1940年代前半にかけては、物資不足から生地が制限されたことも手伝い

以下のローレン・バコール女史の如く 女性であっても軍隊を髣髴とさせる男性的な被り方が主流となりました


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1940年代後半、長き戦火から開放されるやいなや 堰を切ったやふにモオド界は女性らしさ、華やかさを謳ひ、

以下のやふに趣向の凝った、通称パンケーキと呼ばれるベレヱ型帽子等も売り出されるやふになってまひります


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1950年代に入りますと、ベレヱは軍事色をすっかり失い 御洒落の一部を担うものとして徐々に定番化…

以下の女性の晴れやかで柔和なお顔からも、もはや戦争の影は薄れつつあるやふに感じられます


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このやふに拝見して参りますと、一言でベレヱと申せど 形状や素材が様々であることは勿論のこと、

被る人物の髪型や眉、顔の形から洋服の違いにいたるまで 随分と印象が異なるものであることが一目瞭然

逆を申せば、同じ人物に同じベレヱでも被り方や着こなしにより、如何様にでも演出できるのであります



真珠家の周りには、ベレヱの似合う伊達者やベレヱ小町が多くいらっしゃいます

ご自分の良さをご存知のうえで 今日はどのやふに己を演出しやふか、と見えぬ努力をなさっている洒落者ばかり

仏蘭西買付け旅行でよく目にする、初老の紳士が何気なく被るよれたベレヱ姿の粋さ、その年季ときたら・・・

すたいるはそれぞれなれど、お帽子の似合う方は胸に密かなる自信を秘めているやふに思えてなりません


話題の500色の色鉛筆とまでは参りませぬが、真珠では50点前後の豊富な色を数えるベレヱを常備しております

ベレヱといへばマリンルック、、といふ当世の既成概念などに捉われることなく、

貴方に貴女、なりたいご自分を浮かべながら… ベレヱの海に溺れてみてはいかがでせふか


パールHPへようこそ
Pearl


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