嗚呼、ナンセンス!



前回、戦前の浅草界隈の賑やかさに少々触れましたところ、ひょんなことからかやふな映画を知りまして

その名は『ムウランルージュの青春』、、新宿にあった今はなき劇場を巡るドキュメンタリイであります

丁度、古本市にて手に入れた本にもその頃の記事が御座いましたので 今宵はレビュウ式喜劇について一考…







時は昭和四年(1929年)、満州事変直前 まさに軍部が軍需拡大へと躍起になっている影で・・・

明治以降進められた近代化、洋風化が爛熟期を迎え 人々は異国からの新しい刺激に束の間の夢を見ておりました


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この年に幕を開けたのがエノケン躍動する浅草:カジノフォーリー、

のち昭和六年(1931年)には 森繁久弥翁等を輩出した新宿:ムウランルージュ新宿座が誕生・・・

ジャズやボードビル、亜米利加喜劇映画式ドタバタナンセンスギャグを取り入れたバタ臭い喜劇、

スピードとウィットに富み、前衛的な舞台装置の上で繰り広げられる少々お色気ありの斬新な演劇すたゐるは

のちに「軽演劇」と呼ばれ 今日の我が国のコメディの礎とも言われるやふであります


またそれより少し遅れること数年、SSKのターキーこと水之江滝子女史が全国に一大ブウムを巻き起こしますが…

こちらは今をときめくAKBなんとやらのはしりでは御座いませんで 「松竹少女歌劇団」のことであります

「男装の麗人」と呼び声高いこのターキー、余談ながらロス疑惑の三浦和義被告の叔母であるのも有名ですネ



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さて、レビュウ式喜劇にお話を戻しまして・・・

「金曜日には踊り子がズロースを落とす」なる悩ましき噂も実は全くのデマでありましたやふで、

ブラジャアなきこの時代 踊り子が胸に巻いたサラシが踊る最中緩んで落ちさふになり、

慌てて前かがみのまま舞台袖に走り去ったのを見た観客により誇張されたといふのが真実ださふな



当時の演劇界は当世に比べ 政治風刺や社会批判の意味合いも強かったやふでありまして、

喜劇人の多くも自らを「インチキ・レビュウ」と蔑みながらも思い切りやりたい放題できた初期に比べ、

戦時色が強まると 世相を茶化したり検閲台本にない台詞をアドリブで喋ったりしたものなら

不謹慎との理由で弾圧され、終戦と共に息を吹き返すも束の間 新興ストリップの波にのまれて衰退、、、と

僅か二十年余りの活動ではありましたが 彼ら彼女らの輝かしき軌跡は捨て置けない、とわたくしは思うのです


なんだかんだ言ったって欧米の物真似に過ぎないぢゃないかとお考えになる方も中にはいらっしゃることでせふ

確かに、欧米での流行を電脳もない当時 時差なく取り込み本国で提供していたのは事実であります

しかし、荒削りながらもそこに風刺の精神と日本人の気概を織り込み 危険を承知で笑いと共に民衆に届けた…

往時の演劇人や喜劇人の秘めた心意気は並々ならぬものがあったことを感じずには居られません





本国での流行を経て直ぐに録音された、エノケンのこの「浮かれ音楽」をお聴きになりますれば、

世界恐慌により失業者が町に溢れ、「大学は出たけれど…」が流行語になる程苦境にあえいだこの時代、

「お金は回るよ…借金は誰もない、皆金持ち」、、、この痛快痛烈なる皮肉こそまさにナンセンス!

当局がいくら取り締まらふが、音楽や文化は国境を越えるのだ… さふも聴こえるやふ




少々小難しいお話になり、毎度ながら失礼致しました、、、

さて、この原曲である「The Music goes round and round」でありますが

往時の大和撫子も憧れのベティブウプ嬢によるお茶目なバアレスク版にて 今宵は陽気に幕を降ろすとしませふ…





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