娼館哀歌(エレジー)



先日にお話は戻りまして、図書館帰りに相方が渡してくれた一冊

「ハイ、これ 貴女が好きそうな本!」  わたくし「・・・・・」

そう、それこそが『パリ、娼婦の館(鹿島茂 著)』

一体わたくしという女は、どのように思われているのでせうか


とはいえ、話を振られたからには腹を多少括らねば女が廃るというもの

という訳で、女だてらに特殊世界についてちょいとだけ書かせて頂きます…




これはきっと、映画好きなお方はご存知のことでせうが・・・

和洋問わず 第二次大戦後間近の映画までは娼婦が頻繁に登場致しますね

仏蘭西においては一歩早く大戦直後の1946年 娼館閉鎖法成立により

我が日本においては1956年 売春防止法により

国内全ての娼館を強制的にかつ表向きは完全に締め出すことと相成りました

逆を返せば、先進国の多くに公娼制度:所謂「赤線地帯」が存在したのです



そもそも、何故政府が介入しわざわざこのような制度を作ったのか、、、

仏蘭西においては十九世紀後半、梅毒の蔓延を防ぐという名目の元

「必要悪」つまり犯罪防止の一環として公認娼家を設け、無秩序を正し、

劣悪な環境と過酷な労働体制に さらには経営主による搾取・・・

「メゾン・クローズ」の中に娼婦達を閉じ込め 徹底した管理を目指したのです

恐らく、多少の違いあれど各国同様の見解の元…女性達は国に囲われたようです

大戦後、「悪の温床」とされ存在意義を否定された娼館は次々閉館を余儀なくされ 

追い出された娼婦達は一転、「私娼」となり裏町の辻々を彷徨うことになりました




古の昔より日本においても、様々な娼婦の形態が御座いましたね・・・

源義経の愛妾静御前が有名な例のように古くは鎌倉時代の白拍子、

江戸期には下層遊女の夜鷹、時代劇でも三味線にほっかむりでお馴染みですね

他方、一枚目ブロマイド如く絢爛豪華な花魁をはじめとする高級娼婦もいれば

明治期、下の所謂横浜写真… 遊郭の格子窓から我が身を文字通り売出す乙女

戦後、自らをより高く売る為 かつての仇・在日米軍兵を相手にしたパンパン達

余談:白人兵相手の娼婦を白パン、黒人兵相手は黒パン等の蔑称もあったさふな

最近では、パンパン生き証人といえる浜のメリーさん逝去のニュウスも目新しき哉



一方、先に触れた本の主題地である花の都・巴里のある国 仏蘭西では・・・

十九世紀の恋愛小説の多くは、人妻不貞小説でなければ娼婦小説であったさふ

流石は「アムール(愛)の国」といわれる所以 ここにありかなしか!?

全盛期の1930年代、高級娼館は時代をときめく文化・有名人の社交場も兼ね…

夜毎に男性セレブのみならずミス・タンゲットやマレーネ等も顔をみせたとは!

仏蘭西の娼家の最盛期からその後の衰退に至るまで、ご興味あるお方、、

『歓楽通り(パトリス・ルコント監督・2002仏)』をどうぞ・・・

美化された部分も多う御座いますが、時代感や娼館の雰囲気がよく伝わるかと



筆者の語るとおり、その存在を称賛するも断罪するも 

歴史の一部に公認娼家・娼婦が確かに存在したのは厳然たる事実で御座います

また時とし、華やかな娼婦達のいでたちが憧憬こめられた眼差しで見詰められ

時代や流行の最先端を先取りしていたといふ事実も… 


さて、わたくしも一応女の端くれですので、今宵はココまでとさせて頂きたく候



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娼婦_320

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